冬季五輪の歴代スノーボード日本代表選手が起こした事件・ハプニングをまとめてみた

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こんにちは、らすスノです。

2年ほど前に「なぜスノーボーダーのイメージが悪いのかを考えてみた」という記事をUPしました。

当ブログはトップページをご覧いただければわかる通り、冗談はいうものの基本は真面目なスノボハウツーブログなんですがw思いつきで書いた記事なんですが、いまだに人気があります。

詳しくアクセスを分析して分かったんですが、この記事を読んでいる方ってほとんどスノーボーダーじゃないんですよ。

考えてみれば至極当然、スノーボードのハウツーなんて興味ある方しか見ないわけで(笑)一般の方の興味が事件やゴシップにあるのも仕方がないことです。

しかし、あらためてスノーボーダーの素行について考えてみたんですが、やっぱり間違って伝わっている部分も多いと思ったんですね。

かと言って、スノーボード雑誌や大手スノボ専門サイトはあまりこのことに触れたがらない(笑)

というわけで、今回はなんのしがらみもない個人ブログの強みを生かし、オリンピックにおけるスノーボード代表選手の起こした事故・ハプニングについてまとめ記事にしてみました。

ちなみに、この記事は個人の意見が多分に含まれておりますので、スノーボーダーの総意ではないことをあらかじめお伝えしておきます。

ビッグマウス事件(2006年トリノ五輪)

8歳からスノーボードを始めた童夢は、17歳の若さでW杯ウィスラー大会を制するなど活躍。すると、100を超えるスポンサーから契約オファーが殺到し、当時の年収は推定1200万円を稼ぐまでになった。

しかし、20歳で出場したトリノ五輪で、ミスを連発するなど予選落ち。童夢はリベンジを誓って帰国したが、それまでのビッグマウスやおふざけパフォーマンスなどの言動から批判が殺到。

引用:サンスポ

しくじり先生やダウンタウンDXに出演して注目度が上がった成田童夢さんが、当時批判を浴びたのがビッグマウスでした。

2006年のトリノ五輪に出場した当時、各メディアで「俺天才ですから」「地球でメジャーになりたい」などビッグマウスぶりが話題になりましたね。

そもそも、スノーボード自体1998年の長野五輪から採用された歴史の浅い競技です。

前回のソルトレーク五輪では中井孝治選手(5位)や三宅陽子選手(8位)が入賞したものの、日本のハーフパイプのレベルはまだまだ低いと言わざるを得ませんでした。

アジア勢のスノーボード競技メダル獲得はソチ五輪での日本人選手が初。2018年のピョンチャン五輪では日本、中国、韓国がアジア勢としてそれぞれスノーボード競技でメダルを獲得しています。

当時は、アメリカが選手層・実力ともにダントツで、ついでスイスなど欧米の国が追従していました。

ちなみに、トリノ五輪ハーフパイプの金メダリストはアメリカのショーン・ホワイト選手です。

期待されすぎ

当時成田童夢さんはWカップで優勝して、日本のマスコミは「五輪でメダル間違いなし!」みたいな報道をしてました。

でも、スノーボーダーのはしくれとして見ていた私は、「入賞すれば大健闘じゃない?」くらいにしか思ってませんでしたね。

そもそも、マスコミが五輪メダル獲得の根拠としていたWカップですが、有力選手が出場していなかった中での優勝です。いわば井の中の蛙状態。

それにも関わらず、メディアもにわか仕込みの知識で取材しているので、さも最高峰の大会で猛者たちを退け優勝しちゃったみたいな書き方をしたわけです。

もちろん、童夢さんのビッグマウスや妹であるメロさんがメディアの前で披露したラップは本人たちの意思でやったことですし、それに対しては童夢さん自身も反省してると言ってました。

しかし、当時のマスコミはやっぱり話を盛りすぎていたと個人的には感じましたね。

それでも、メダルを獲得していれば世間の印象も大きく変わったと思いますが…結果は予選落ち。期待が大きかったぶん世間のバッシングも激しく…五輪出場の一年後、成田童夢さんは選手生活を終えることになります。

20歳の若者が背負うには、あまりに大きな十字架でした。

そして、一般の方のスノーボーダーのイメージが一気に低下する大事件が、次のバンクーバー五輪で起きるのです。

反省してま~す事件(2010年バンクーバー五輪)

【バンクーバー(カナダ)11日(日本時間12日)】スノーボード男子ハーフパイプ日本代表の国母和宏(21=東海大)に「イエローカード」が突きつけられた。全日本スキー連盟(SAJ)スノーボード担当理事の林辰男氏(57)が、服装の乱れと公式会見での態度が問題となっている国母に注意を与えていたことを明かした。

引用:日刊スポーツ

前項のトリノ五輪での成田童夢さんの件もあり、スノーボーダーの評判は決して良いものとは言えませんでした。

その根底には、ダボダボウェアでコース途中でも平気で座る「若者ボーダー」と「中高年スキーヤー」の対立があったことも否めません。

よほどのアクシデントがない限り、スキーヤーがコース途中で座ることはありません。

そして、ただでさえ世間のイメージが低下していたスノーボードの評判がさらに悪化する事件が起きたのです。それが、國母和宏選手が起こした「反省してま~す」騒動。

冬季五輪日本代表公式ユニフォームを腰パンやダラダラのネクタイで着崩したうえ、そのことを会見で記者に問い詰められると「ちっうっせぇな」「反省してま~す」など尊大な態度を取ってしまいました。

これが日本で大バッシングとなり、連日ワイドショーで取り上げられるほど話題になったのです。

個人と日本代表の違い

当然、スノーボーダーの私は五輪ハーフパイプに注目していましたが、こういった形で注目されるのは残念でなりませんでした。

もちろん本人も悪いですが、個人的にはなぜ周りの大人が注意してあげられなかったんだろうと思います。

当時の國母選手は、ニュージーランドオープンやXゲームズで3位になるなど、実績は申し分ありませんでした。(予選落ちではあるものの、トリノ五輪にも出場。)

でも、ニュージーランドオープンやXゲームズはあくまで「個人」としての成績です。世間の注目度も低ければ、良くも悪くも何をしようが自由。

しかし、五輪ではそうは行きません。専門誌以外にも新聞・雑誌・テレビ等、実際メダルを狙える実力はありましたから世間の期待はいやがうえにも高まります。

結局、21歳の若者は「個人」と「日本代表」の違いが分かっていなかったのです。

國母選手はレジェンドへ

ちょっと一般の方には理解しづらいかもしれませんが、スノーボード(フリースタイル)は個性求めるスポーツなんです。

ですので、人と同じことをやるのが「ダサい」と思う風潮があります。実際、当時國母選手が好きなミュージシャンを聞かれると、おおよそ同年代の子が聴かないであろうユーミンと答えました。

だから、知っている人から見れば、空港で日本代表の制服を着崩したのも彼なりの個性なんですね。

スノーボードの起源は、サーファーがサーフボードで雪山を滑ったことが由来していると言われています。※諸説あり

また、スノーボードの技の名前はほとんどがスケートボード由来のもの。やがて、ヒップホップやパンクカルチャーと結びつき、今のスノーボードムーブメントの源流になりました。

このように成立した経緯もあって、人と違うことをするのがかっこいいという風潮が生まれたのです。

個人の遠征ならともかく、国を代表して競技する五輪ではそうは行きません。本人が勘違いしているのであれば、周りの監督やコーチが注意すべきではなかったかと思います。

そして、当時國母選手のお父さんもおっしゃってましたが、本人は競技前とてもモチベーションが下がっていたようです。なんせ、早く練習したいのに記者会見で腰パンのことをしつこく聞かれたため、イライラから思わず悪態をついてしまったとのこと。

それでも、8位入賞という立派な成績を残すことができました。あれだけバッシングされての成績ですから、彼の精神力は相当タフだと思います。

そして、今や彼は日本スノーボード界を牽引する存在にまで成長しました。

プロのスノーボーダーってオフシーズン何やっているの?

 

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HalfPipe session in AK🤘 📷 @jdh_films

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銀メダルは嬉しくない!?(2014年ソチ五輪)

2014年のソチ五輪で、日本のスノーボードは新たな時代を迎えました。

アルペン競技で竹内智香選手(銀)、ハーフパイプで平野歩夢選手(銀)、平岡卓選手(銅)が相次いでメダルを獲得したのです。

男女ともに日本スノーボード史上初の快挙、アルペン競技にいたってはスキーを含めても58年ぶりのメダル獲得。メダル獲得が決まった時は、私も思わず涙してしまいました…

トリノやバンクーバーでバッシングを浴びた経緯もあるので、SAJ(全日本スキー連盟)関係者も胸をなで下ろしたことでしょう。

また、平野・平岡両選手の飾らない人柄に、「こんな真面目そうなスノーボーダーもいたのかぁ」なんて、感銘を受けた方も多いのではないでしょうか。

しかし、ソチ五輪での影の功労者の存在を知る人はあまりいません。

平野選手を支えた影の功労者とは

ソチ五輪前、すでに世界中の大会で活躍していた平野選手は、更なる飛躍を求め海外へ拠点を移す計画を立てていました。しかし、15歳の少年が海外で生活するには、言語・文化・環境…あまりにも障害が多すぎます。

そんな平野選手をサポートしたのが、何を隠そう國母選手でした。

世界で活躍する日本人スノーボーダーの先駆けとして、USオープンの優勝経験もある國母選手のサポートはなにより心強かったことでしょう。

まだ選手としても十分五輪出場は狙えたであろう2013年、國母選手は競技としてのスノーボードを引退して後進の指導に当たることになるのです。

あくまで私の想像ですが、指導の中には平野選手に自身のバンクーバー五輪での失敗を語るなんてこともあったと思います。

メダル獲得を喜ばない2人

見事メダルを獲得した平野・平岡両選手ですが、日本人のみならず、あの会場の中継を見た誰しも違和感を持ったことでしょう。

だって、金メダルを獲得したスイスのポドラドチコフ選手のはしゃぎっぷりとは裏腹に、2人はベンチに腰掛けたまま軽くハイタッチのみ(笑)

例えば、同じスノーボードフリースタイルでも、スロープスタイルの選手なんかメダリストの3人がそれぞれ抱擁して喜びを分かち合ったりするわけじゃないですか。

結局、最終滑走者だった王者ショーン・ホワイト選手(4位)が駆け寄ってくるまでポドラドチコフ選手ひとり放置状態w

まぁそれは良いとして、この光景を見たニュース解説者がこんなことを言ってたんです。「彼らにとってメダル獲得は最終目標ではない、だから喜ばないのだ」と。

要は、プロスポーツとして確立しているスノーボードでは、オリンピックは最終目標ではないと言いたかったのでしょう。

確かにオリンピックで入賞するようなスノーボーダーは、別に五輪にでなくてもお金には困らないはず。ショーン・ホワイト選手にいたっては億の収入があり、MYハーフパイプまで持っているくらいです(笑)

しかし、それでも彼らがオリンピックに出場する理由は、目的はどうあれ五輪がスノーボード界最高の舞台だからなんです。

でなければ、スノーボード界の神様テリエ・ハーコンセンだってわざわざ対立組織を作ってまで五輪をボイコットしてなかったでしょうし、ショーン・ホワイトと並ぶコンペティター、ダニー・デイビスも出場してなかったと思います。

五輪でメダルを獲得するような選手がどんな努力を重ねたか常人には知る由もありませんが、世界最高の舞台で結果を残せたことが嬉しくないはずがありません。

もちろん日本人と欧米人の文化の違いもあるでしょうけど、当時ポドラドチコフ選手26歳、ショーン・ホワイト選手27歳。対して平野選手15歳、平岡選手18歳。

もうお分かりですよね、喜ばなかったのは単に本人たちの性格と思春期特有の照れ隠しだったのです。

強化指定選手が大○使用事件

全日本スキー連盟(SAJ)は4日、東京都内で理事会を開き、2015年の米国遠征中に大○を使用したとして昨年4月に競技者登録の無期限停止などを科したスノーボード男子選手の処分解除を承認した。選手は当時未成年だった。

引用:産経ニュース

※検索サイトから不適切なブログと指定を受ける可能性があるので具体的な単語は伏字とさせていただきました。あらかじめご了承ください。

さて、ソチオリンピックのメダル獲得の喜びもつかの間、翌年にその事件は起きました。SAJのスノーボード強化指定選手(未成年)が、あろうことか海外遠征中に大○を使用したとして処分を受けたのです。

遠征先の国では大○は合法だったことから、処分は競技者登録の無期限停止に留まり、(その後、更生プログラムを経て1人は解除)未成年だったことから氏名の公表も控えられることになりました。

世間の反応は「やっぱりスノーボーダーならやってそう」など辛辣なものばかり…せっかくソチ五輪での好転したイメージも元に戻ってしまいました。

日本では非合法の大○を本人達が所持してたとは思えず、現地の友人やスノーボーダーから譲ってもらったのは容易に想像できます。

もちろん、使用した当人が一番悪いですが、一歩間違えばドーピングの危険もはらんでいました。そうなると、永久にオリンピックには出場できなくなる可能性もあったわけです。

それなのに、未熟な十代の彼らを精神的に指導する人間はいなかったのか甚だ疑問です。例えば、國母選手のようにちょっとやんちゃな兄貴的存在のコーチがいただけでも、また違った結果が生まれていたかもしれません。

世間的には「十代で未熟って言い訳でしょ、羽生結弦選手や宇野昌磨選手のように幼い頃から立派な立ち振舞いの選手もいるじゃない」なんて方が大多数だと思います。

しかし、羽生選手や宇野選手のように礼儀正しい人って、ほんとに限られた存在ですよね。自分を含め、世間に誇れる十代を過ごした人が、いったいどれくらいいるのでしょうか?

やんちゃだからこそ、親身になって叱ってくれる先輩なり大人がいれば、結果はまた違うものになっていたはず。

後述しますが、スノーボーダーの(競技としての)選手生命は極めて短いです。今後も十代が中心選手となることが十分に考えられます。そういった時こそ、SAJや監督・コーチを含む周りのサポートが不可欠ではないかと思うのです。

世紀の大誤審!?事件(2018年ピョンチャン五輪)

平昌冬季五輪第6日の14日、スノーボード男子ハーフパイプで19歳の平野歩夢(木下グループ)が銀メダルを獲得した。前回ソチ五輪に続く2大会連続の銀メダル。2006年トリノ、10年バンクーバー五輪連覇のショーン・ホワイト(米国)が3度目の五輪制覇を果たした。

予選を突破した12人が3回の演技で争った決勝。平野は1回目は着地が乱れて9位にとどまったが、2回目に大技「ダブルコーク1440」を決めて95.25点の高得点。1回目を終えて首位だったホワイトをかわしてトップに躍り出た。

だが、3回目は着地で失敗して得点を伸ばせず、最終演技者のホワイトが97.75点をたたき出して逆転された。

引用:日経新聞

ピョンチャン五輪ハーフパイプで平野歩夢選手が銀メダルを獲得したことは、記憶に新しいところではないでしょうか。ショーン・ホワイト選手との死闘は、スノーボーダーのみならず日本中が興奮しましたよね。

しかし、同時にショーン・ホワイト選手の演技がミスジャッジではないかという意見が、SNSやワイドショー・ニュースでも取りざたされました。いわゆるブーツグラブと呼ばれる失敗演技です。

スノーボードでは、空中で板をつかまないと減点対象となりますが、ショーン・ホワイト選手の2ヒット目(2回目のジャンプ時)は明らかにグラブできていませんでした。

では、本当にこの演技は世紀の大誤審だったのでしょうか?

二人の演技構成を見れば真実が見えてくる

インターネットでは、「ショーン・ホワイト選手の最後のガッツポーズで審査員の印象が変わった」とか「最終演技というプレッシャーの中でグラブ以外は完璧に決めたことに対する印象で高得点になった」なんて意見がありましたが、さすがにそのことが結果に大きく影響したとは考えられません。

ここで1点だけ注意したいのが演技の順番です。平野選手は2回目の演技が最高得点(95.25点)、対してショーン・ホワイト選手は最後の演技が最高得点でした。(97.75点)

平野選手の2回目は最終滑走を残しての得点だったので、この場合、ホワイト選手との得点差に関してはほとんど意味を成さないと思っていいでしょう。実際は、得点以上に僅差の戦いでした。

序盤に高得点を出してしまうと、2回目以降の完成度がさらに上回った場合採点が難しくなります。ですので、ハーフパイプは終盤ほど高得点が出やすい状況になるのです。

当時の状況を考えると、平野選手の得点をホワイト選手が上回るかどうかだけが注目ポイントでした。

で、当時の演技構成をみれば、スノーボードを知らない方でもこのジャッジが誤審ではないことがお分かりいただけると思います。

ヒット 平野選手(2回目の演技) ホワイト選手(3回目の演技)
1h Bエア(メランコリー) Fダブルコーク1440(インディ)
2h Fダブルコーク1440(インディ) キャブダブルコーク1440(インディ)
3h キャブダブルコーク1440(インディ) F540(スティールフィッシュ)
4h Fダブルコーク1260(インディ) ダブルマックツイスト(ミュート)
5h Bダブルコーク1260(ミュート) Fダブルコーク1260(スティールフィッシュ)

ポイントは2点あります。

■平野選手は同じ技を2回繰り返している

赤字部分をみればお分かり頂けると思いますが、回転数が違うとはいえ平野選手はFダブルコークという技を2回繰り返しています。

対して、ショーン・ホワイト選手はダブルマックツイストを挟んだり、同じFダブルコークでもグラブを変えているのです。

■ショーン・ホワイト選手の演技の方が回転数が多い

黄色ライン部分ですが、ホワイト選手が1回転半回しているにも関わらず、平野選手は回転していません。

大技ばかり繰り出すと減速するので、どの選手も必ず1回は低難易度の技を挟んで体勢を立て直します。

上記の2点のポイントから、誤審の真実や平野選手の深層心理が見えてくるのです。

平野選手こそ誰よりも自己主張が強い選手だった!?

そもそも、スノーボードハーフパイプの採点は減点方式ですが、平野選手はほとんどノーミスで95.25点の演技構成。

対して、ホワイト選手は97.75点以上を狙える演技構成でした。結果はブーツグラブで減点され97.75点ということだったのです。

ですから、これは誤審でもなんでもなく、単なる演技構成の違いだったのです。

そもそも、平野選手とホワイト選手しかできない超高難易度の技(バックトゥバックのダブルコーク1440)に対して、「平野選手は同じ技を繰り返して独創性がない」というのもナンセンスなんですが…(笑)

さらに、もっとも得点の違いが顕著なのが、黄色いマーカーで示した通り回転数の差でしょう。

結果的には、ホワイト選手のF540の方が平野選手のBエアより構成点が高かったのだと思います。

んで、コアなスノーボードファンなら誰しもニンマリしたと思うんです「歩夢やりやがったな!」と(笑)

あえて演技構成を変えなかった個性

ここまでの説明を聞けば、誰しも「じゃあなんで平野選手も1h目にスピンしないんだよ~」なんて思うはずです。

もちろん、フラットスピンなんて彼からすれば超低難易度。または、ホワイト選手と同じ様に途中で540を挟んでもよかったかもしれません。

実際、1h目にエアを持ってくるのは、ホワイト選手が長年やってきた王道ルーティーンでもあります。しかし、ホワイト選手はオリンピック直前で自身が築いた王道ルーティーンを放棄、回転数を上げて勝ちにこだわる演技構成を選択をします。自分より10歳も年下の選手に勝つために、王者はプライドを捨てたのです。

もちろん、平野選手もホワイト選手が勝ちに来ていることは十分に分かっていたはず。でも、同じ事をしなかったのは平野選手の自己主張であり個性だったのです。前項でもお話しましたよね、スノーボーダーは人と同じ事をするのが大嫌い(笑)

平野選手は日頃から、演技で注目して欲しいのは超高難易度バックトゥバックのダブルコーク1440ではなく、エアの高さだと言ってました。そして、その1h目のエアの高さはショーン・ホワイト選手がもっとも得意としていたこと。

その王者ショーン・ホワイト選手をギリギリまで追い詰め、「1h目のエアで勝負する」というプライドを捨てさせたのは、平野選手がいかにすごいかということです。

やはりスノーボーダーは個性が強い

タラレバの話をしても仕方がありませんが、演技構成を変えていればあるいは金メダルを取れたかもしれません。でも、あえてそれをしなかったのは、「エアは誰にも負けない」「同じことはしたくない」という強い個性だったのです。

平野選手は、歴代のスノーボード代表選手に比べて大人しいなんて思ったら大間違い(笑)確かに、表立っては物静かな印象ですが、スノーボードに対しての自己主張は成田童夢さんや國母和宏選手以上のものを秘めています。

「人の猿真似や同じ演技するなんて嫌。金メダルなんかよりエアでショーンに勝つんだよ!」と、闘志を燃やす平野歩夢選手こそ個性の塊だったのです。

さんざん、世間に批判されたスノーボーダーの個性の主張ですが、ピョンチャン五輪ではその「個性」が伝説の名勝負を生むことになりました。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

実は、なんのつながりもないような五輪での事件・ハプニングが、意外なところでつながっていたんですね。

世間一般からすれば、「そんな馬鹿な奴いたなぁ」くらいにしか思われてなかったでしょう。しかし、みんな根は真面目で純粋ですし、ちょっと世間知らずなだけだったのだと思います。

バッシングされた当時、國母選手は難病に苦しむ友人のために募金活動などを行っていました。

実際、しくじり先生で反省の弁を述べる成田童夢さんやアッコにおまかせに出演した國母和宏選手は、いずれも好印象で世間の評判もよかったです。

だからこそ、未来を担うスノーボード代表世代には、真摯に向き合ってくれる監督やコーチ・サポーターが必要だと思います。

これから先のオリンピックでも、平野選手のように個性が良い方向へむかえばと願わずにはいられません。

この記事が参考になれば幸いです。


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ABOUTこの記事をかいた人

スノーボード歴18年の自称育メンボーダー。北海道出身の父の影響で小学生からスキーをはじめ、18歳でスノーボードに出会う。学生時代に留年してまで山にこもり大会などにも出場するが、就職を機に趣味となる。現在は娘も幼いためあまり滑りにはいけないが、いつか子どもとスノーボードに行くのが楽しみ。